なんだかんだ適当に更新してきたブログですが、 院になり遊んでる場合じゃないのに、日記はもっと書いてる場合じゃないのでとりあえずこの記事を最後にしたいと思います。 たまに足を運んでくれたみんなありがとw ではまたリアルorオフで会いましょう~ノシ #
by orsonson
| 2011-04-30 14:27
| その他
いまさらながらの更新
まぁそんな感じで震災生活初日はしょーへいとその彼女と共に僕の家で避難して寝ました。 やっぱりお互い1人だと危険だし不安ですからね・・・ 缶詰をチビチビとたべた後、寒いしやることもないのでそそくさと寝ました。 8時位だったんじゃないかなww もちろん電気も水もガスも止まってるわけですから、むだにライトやローソクは使えないわけです。 翌日、彼女さんは会社に、男二人は食料調達にいそしむ。 コンビニは締まってるところもあれば空いてるところもあるって感じで。 色々と走りまくりましたね~。 今回の震災を通して色々なことを感じたわけですが、特に重要なことは こういうときに真っ先に足を動かして行動できないやつはマジ使いもんにならないってことと、「情報」の大切さですね。 自分の場合、たまたまWALKMANについてたラジオでニュースは聞けたのでとても助かりましたね~。 それまで結構ラジオとか馬鹿にしてたんですけどね、誰が使うかよwって。 で、 15日に(だったはず)市街地中心部に電気が復旧するまではひたすら 日中 食料調達 昼 炊き出し 夜 缶詰、則就寝 って感じの生活リズムでしたね。 んでもってその日のうちに水沢にあるじーちゃん家にタクシーで避難しました ¥33,000したけどね^p^ 実際、引っ越しのために11日の12時ごろに銀行解約して、たまたま入ってた30万円が手元にあったのが本当に助かったw その時にまで解約してなかったら買いだしに困っただろうし。何より解約手続きがめんどくさくなる・・・ こればっかりは神タイミングってやつでしたね・・・w そのあと1週間程じーさん家でgdgdした後盛岡→秋田から飛行機で羽田まで帰ってきました。 夜で夜景が見れなかったのが残念でしたねー。 とまぁ雑記調で震災ダイジェストでした。 今回の震災で「これがなくて後悔した」ってものを挙げると 缶切り ローソク 水(ある程度の) 携帯式のガスコンロ が記憶によく残ってますね。関東もそのうち大きいの来るようなので買っておいた方がいいと思いますよ。絶対後悔します。絶対にだ! まぁそんなこんなで知り合いが全員無事ってわけではなかったですけど、生存だけしてるっぽいのでよかったですね。 って感じで被災日記を終えようと思います。 #
by orsonson
| 2011-04-30 14:23
| その他
3月11日、その日は銀行手続きや大学生協脱退の手続きを行うため駅近くのキャンパスである片平キャンパスにいました。そして14時46分、地震が来るわけです。
最初は「お・・・これはちょっとでかいな・・・」 とだけ思っていました。 でもその認識は数秒後に変わります。 あーあ、ついに来ちまったか・・・『明日来る宮城県沖地震』が。 ってな感じです。実際、そんな感想しかなかったですね。 『怖くなかった』っていえば嘘になりますが、なにせ揺れが長い。 1分程度で終わると思われた揺れは一向に止む気配がない・・・。 人間てのは面白いもんで、こんな状況でさえ『慣れ』が生まれます。 建物は意外と大丈夫そうであり、かといって動くに動けない状況であったので、自分は『被災した人が『立ってることが難しかった』とよく口にするよなー』とか思いつつ、 『実際に支え無しで立つ事は出来るのか?』を実践していました。 まぁ無理だったんですけども。 その場にいた周りの人はというと、 秘書さん・・・めっちゃ不安そうにしている F先輩・・・┐(´д`)┌ヤレヤレって顔してる しょーへい・・・走り回っている 外国人1・・・未確認 外国人2・・・走り回っている って感じですかね。F先輩の┐(´д`)┌ヤレヤレ顔は結構印象的で、今でも覚えていますw 揺れが収まってきたら、とりあえず思い思いの荷物を持って外の駐車場へと避難。 避難後も結構な余震が来てましたねー。 自分たちの建物は新しい建物だったんですが、お隣さんが結構古いので崩れるんじゃないかって思いましたね。 今回の地震は地震よりもその後の津波の被害が大きかったわけですが、大地震といえば阪神淡路大震災の時の道路の倒壊の写真とかが頭の中にあるわけですからね、そりゃー建物の心配をするわけですよ。 まぁでも建物も意外と問題ないので、先輩たちが忘れた手荷物・コートの回収や、コンセントから電源を引っこ抜く作業をしにまた建物に戻ったりしたわけですが、 まぁどっちかっていうとこのときの方がドキドキしましたね~。 とりあえずその日は解散。各自家に行ったり、即効で買出しに行ったりします。 自分はというと、嫁さんの安否を確認しに行ったしょーへいを待ち、合流した後途中まで秘書さんを見送り家の状況を確認しに帰ることに。 帰る途中も、市街地はどんな悲惨な光景が・・・と思っていたのですが意外とそうでもない・・。 ちょっと拍子抜けするわけですw まぁでも・・・・ ちなみにこの時、 雪が降ってます。 『もしも神がいるなら、神は宮城県民に死ねっていってるんだ』 と思いましたね。 とりあえずお互いの家の無事を確認した後、しょーへいと自分は各自手分けして食料調達に。 この後はしょーへい君と大体の行動を共にします。食べ物とか足りないものとかを互いに補いつつの生活ですね。 正直、 「まさか引っ越し前に大地震とか来るわけないよね~www」 とかいって買いだめしておいた保存食を全て消費していたのでかなり爆死状態からのスタートでした。 ちなみに、自分が保存食を消費しまくってる様を見て、同様にこの春で仙台を離れる先輩も保存食を消費したらしく、爆死していたようです・・・w まぁ今日はここまでで。 #
by orsonson
| 2011-04-04 00:29
| 私生活
まぁタイトル通りですw
はい、 被 災 し ま し た 卒論提出が1日遅れとなり、8日に提出。 9,10日は引越しの準備のために自宅警備。 んでもって11日は銀行解約、大学生協脱退手続、研究室のデータ整理等をするため「たまたま」研究室によったんですね。 銀行解約を済ませた後研究室に寄り、流体研(別の敷地にある自分たちの研究室)にさぁ行くかなと思っていたその時でした。 まぁアレですね。地震来た時に自分の頭の中をぐるぐるめぐっていたことは 「あーあ、もう俺これ帰れねぇわ(交通的な意味で)・・・終わった・・・」 ってことですねw 怖い、絶望、不安とかそういう風なものは特に感じず、ただひたすらに「あーあ・・・」とだけ思っていましたw いやー。「明日来る宮城県沖地震」と言われていましたが、まさかこのタイミングで来るとは誰が思ったでしょうか・・・ 引越し前だったため、「まさか引っ越し前に地震来ないよねーwww」ってな感じで災害用に蓄えておいた非常食は全て消費してたっていうね・・・。 まぁそんな感じで僕の被災生活が始まります。 まぁ今日は障りだけで終わらせようと思います。 「」 #
by orsonson
| 2011-03-26 03:22
| 私生活
引っ越しも大忙しなう、なところです。
引っ越しの見積もりは自分が「国際会議準備期間~卒論提出」の間まで完全に身動きが取れない状態という体だったので全部親任せでした。 おかげで 実際に部屋にあるもの>>>>>>|越えられない次元|>>>>>>>>>>>>見積もり という図式が出来上がり、日夜 「いや、絶対(ダンボール)入らんて・・・」 「どうしてもっと早く言わなかった」 「いやそんな暇(ry」 というループを繰り広げていますw 毎回言い返すのもめんどくさいし、精神衛生上良くないんで冷静に途中で電話を切るというスキルを身につけられたのは大きかったと思います^p^ 腰も痛いし、保険やら何やらの解約があって疲れますねー@@ #
by orsonson
| 2011-03-11 03:09
| 私生活
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